「英語は海外ドラマで学べ!TOEIC満点の英語ブロガーが明かす超実践的学習法」という記事を読みました。
人気ランキングで常に上位のブログ『シットコムで笑え! 海外ドラマ「フレンズ」英語攻略ガイド』の南谷三世さんによれば、「海外ドラマは最強の教材」だという。その主な理由として南谷さんは、海外ドラマに出てくる会話は「正真正銘の生きた英語」であること、「ストーリーが面白いから飽きずに続けられる」こと、一時停止や早戻し機能が便利な動画配信サービスの普及で「学習環境が飛躍的に向上」したことを挙げる。
実際の話、南谷さんは、留学せず英会話教室にも通うことなく、海外ドラマを教材にしてTOEIC満点、英検1級を取得している。とはいえ、「ただ見ているだけではダメ」で、海外ドラマで英会話力を身につけるには、やり方とコツがある。それについては、ご本人のブログや著書をご参照いただくとして、ここでは新著『リアルな英語の9割は海外ドラマで学べる!』(池田書店)から、海外ドラマで頻繁に使われる(=リアル世界でもよく使われる)セリフを幾つか紹介しよう。これだけでも、いかに海外ドラマが英会話学習に役立つかわかるはず。
「うーん、そんなわけねえよ」と思わさせる文章です。上記の文章はフリーライターの鈴木拓也が書かれたものなのでこれから書くことは南谷さんではなく鈴木さんに対する反論になります。
まず「海外ドラマを教材にしてTOEIC満点、英検1級を取得」というのは、海外ドラマ以外の教材を全く使わずにTOEIC満点、英検1級をとれた人しか言ってはいけない発言です。本当にそうなのでしょうか? 美木良介のロングブレスダイエットをして体重が8カ月で108.2キロから79.6キロと28.6キロ減ったと宣伝された森公美子さんがブログで、「呼吸で痩せたらノーベル賞だよね…って話しになりました。食事制限と運動ですよ!! そんなに簡単に痩せませんから、努力、努力ですよ!!」と発言し、ロングブレスダイエットだけで痩せると勘違いする人たちに警句を発しました。鈴木拓也さんも、英語ドラマ視聴だけでTOEIC満点をとれるような書きかたをして大丈夫なのでしょうか?
「海外ドラマは最強の教材」である理由として南谷さんは、海外ドラマに出てくる会話は「正真正銘の生きた英語」であることをあげているそうです。そして鈴木氏は南谷さんの著書からいくつかの実例を挙げています。しかしどれもが「そんなの覚えてどうするの?」というものばかりです。
am Iでも疑問文ではない
犯罪捜査コンサルタントのイケメン主人公が活躍する『メンタリスト』の一幕で、現場に到着した捜査官を出迎えた保安官のセリフが、
Oh, boy, am I glad to see you guys. We are sorely ill-prepared for this kind of deal.
(あぁ、君たちに会えてよかった。我々はこういう事件は実に不慣れでね。)南谷さんの解説:am Iという倒置の形になっていますが、文末が「?(疑問符)」ではないので、これは疑問文ではありません。I amをam Iと倒置にすることで、喜びや驚きなどをさらに強調している感覚になります。
Am I glad to see you! や Boy, am I glad to see you! という表現はたしかにありますが、こんなことをわざわざ覚えるメリットがどれだけあるのかよくわかりません。TOEICには出ません。英検の試験にも出ません。フォーマルな場で使われることもありません。ネイティブ同志の会話では普通に出てくる表現ですが、文脈から「私はあなたたちに会えてよかったのかな?」と尋ねているのではないというのはすぐわかります。
Thank you.のお返しに使われるAnytime.
『セックス・アンド・ザ・シティ』で、主人公のキャリーが人とぶつかってバッグの中身を落とし、通りすがりの男性がそれを拾うのを手伝ってくれる。キャリーが、Thanks a lot.とお礼を言った際に相手が返した言葉が、Anytime.
(いつでもどうぞ)南谷さんの解説:Thank you.などとお礼を言われて「どういたしまして」と返す言葉として、真っ先に思い浮かぶのは、You’re welcome.だと思いますが、この会話のようにAnytime.と言うことがあります。
Anytimeは「いつも」「いつでも」なので、Thank you.への返事として使うと「いつでもどうぞ」「おやすい御用だ」「いいんだよ、いつでも言って」というニュアンスです。
本来は行きずりの人に使う表現ではありませんが、二人は初対面ながら惹かれ合い、「今度また君に助けが必要なことがあれば、僕はまた助けてあげたいよ」というニュアンスが入るわけですね。
これも「どーでもいい」感満載です。私はアメリカに住んでいた頃、Thank you. の返答はいつも It’s OK. でした。それで何も困りませんでした。英語で学ぶべきことはそれこそ無尽蔵にあります。だから、必要なものから覚えるという「効率性」を無視して英語学習をするととんでもないことになります。Thank youの返答がAnytimeというのは、実際にそういう場面に出会ったときに頭に入れればよい程度の重要度の低い情報です。おそらく日本在住の英語学習者の100人に99人がそういう場面に一生に一度も出くわさないでしょうが。
シットコムが教材としていまいちな理由
映画とTVドラマとTVドラマの中でもシットコム。この3つの中でどれが英語教材としてお勧めかということになると、断然シットコムということになります。シットコムとは「シチュエーション・コメディ」の略で、作中に観客の笑い声が入ることの多い30分番組のコメディ・ドラマのことです。一番有名なシットコムと言えばやっぱり『奥さまは魔女』(英語タイトルはBewitched)ですね。
シットコムが映画や60分のテレビドラマよりも良いのは、セリフのないシーンが少ないからです。シットコムは登場者が延々と話し続けるので番組を見ている間ずっと英語をリスニングできますが、映画とテレビドラマ、とくに映画はセリフのない場面が多いので、セリフのない場面はぼけっとするしかなく繰り返し視聴に適していません。
ではシットコムが英語学習に適した教材かというと、わたしはそうは思いません。その理由は一つ。
会話がスラングだらけだからです。
スラングは世界大百科事典で以下のように定義されています。
「特定の社会集団で,ある単語または表現がありきたりな使い方でなく,もったいぶらなさ,新しみ,ひやかし,ユーモアといった効果をねらって用いられるとき,それらをスラングという。」
要するに、しゃれた表現をスラングと言います。
スラングを学びたければシットコムで英語学習をすることを勧めます。
でもそういう特殊な目標がない人がシットコムで英語学習をするとトラブってしまいます。覚えても役にも立たないスラングの意味をいちいち調べないとストーリーを把握できないし、スラングというボキャブラリーの中でとくに覚える価値の低い単語やフレーズを覚えるのに時間を費やしてしまうからです。
スラングを覚えても、
①スピーキングで役立たない。
②ライティングで使わない。
③リーディングで見かけない。
④リスニングでもめったに聞かない。
むろん映画やシットコム、ネットで映像を見るときにスラングを聞くことはあるでしょう。ただし実生活でネイティブが非ネイティブの日本人に対してスラングを使うことはほとんどないので、実際の英会話でスラングを聞く機会はほとんどありません。
TOEIC, TOEFL, 英検その他の英語検定試験でスラングの知識を問われることはないので、間違っても試験対策としてシットコムを見るのは控えてください。
「海外ドラマに出てくる会話は「正真正銘の生きた英語」」という発言が気にかかります。「生きた英語」があるということは「死んだ英語」もあるのでしょうか。スラングというのは業界用語みたいなものです。ということは、業界用語が生きた日本語ということ? どちらにせよ、スラングは
①国際語としての英語では使いません。スラングはネイティブの間では使われますが、非ネイティブに対してはネイティブもスラングを使いません。非ネイティブの日本人がスラングを使うのも不自然です。
②アカデミックでありません。教養のある英語にはスラングは出てきません。教養の場である大学の授業やTEDを視聴する際にスラングの知識が役に立つことはありません。
あなたが英語ネイティブの集団とつるむ機会が多い人であれば、スラングを習得するのはまったく無駄というわけではありません。ただし、①そういう日本人はめったにいないし、②スラングを使われたときにその場で意味を尋ねればいいだけのことであって、前もって習得する必要はありません。例えば、日本在住の外国人が「あけおめ」や「エンガチョ」や「KY語」ら日本語スラングを覚える必要はありますか? 日本人でもじいさん・ばあさんは知らなそうな言葉を覚える必要性がそれほどあるとは思えません。
スラング沼にハマった人が呆然とすることは、英語のスラングの数は「半端じゃねえ」ことです。使う人が限定されていますから、その分、単語の数が増えてしまいます。たとえば、わたしは以前、The SimpsonsやSouth Parkなどのアメリカのアニメを見ていて、「ばか」に相当する単語をいちいち記録していたのですが、あまりにも多くて、途中で記録するのをやめました。jerk, moron, donkey, imbecile, sap, chump, goon, dingbat, goof, cretin, bonehead, lunkhead, meatball, dimwit, dork, ignoramus, dildo, dunderhead, blubberhead まで記録して終了です。
シットコム「フレンズ」の英語
実際にシットコムでどのようなスラングが出ているのか確認してみましょう。確認したのは南谷さんが推奨する「フレンズ」で特に評価の高いエピソードである(Friends: The 25 best episodes EVER, rankedで第一位にランクされています)シーズン3第2話のThe One Where No One’s Readyです。このエピソードでロスは自分の論文の発表会に皆を招待しますが、フィービー以外はすぐに正装の準備をせずにだらだら過ごして発表会に遅れそうになります。ジョーイとチャンドラーはお気に入りのソファーにどちらが座るかでもめ、フィービーはドレスに料理がかかり、モニカは昔の彼氏に電話をしてトラブルに遭い、レイチェルは着ていく服を決めるのに手間取ります。
◆正装を着てちゃんと準備をしているフィービーを見て、ロスは喜びます。
Ross: “You see this? This is a person who is ready to go. Phoebe, you… You are my star.”
Phoebe: “Well, you’re my lucky penny.”
南谷さんのブログでlucky pennyの意味が分かりやすく説明されています。私は初めてこの表現に出会いました。2回目もあるかどうかはわかりません。
◆ジョーイとチャンドラーがソファーの椅子の取り合いをしていて、いらっとしたロスはこう言います。
Ross: You both have to go get dressed before the big vein in my head pops.
veinは「血管」、popは「突然現れる」という意味です。この2つの単語の意味は覚えるべきですが、”the big vein in my head pops”という表現がどれだけポピュラーか確認するためにググったところ、4ページ目までしか出てきませんでした(出てくる記事のほとんどがフレンズがらみです)。そんなレアな表現の意味を何分もかけて調べるのにどれだけの意義がありますか?
◆フィービーの服にhummusがかかって汚れてしまいます。
hummusとは中東の広い地域で食べられる「ゆでたヒヨコマメに、
◆ソフィーの席をジョーイにとられたチャンドラーは怒ってこう言います。
Chandler: You will notice that I am fully dressed. I, in turn, have noticed that you are not. So in the words of A.A. Milne, “Get out of my chair, dill-hole.”
自分は服を着替えたが、お前はまだ着替えをしていないので椅子から立ち上がれと言っています。dillholeは覚えなくてよい単語というか、覚えるべきではない単語です。意味は自分で調べてみてください。かなりマイナーなスラングなので普通の辞書には載っていません。この単語の意味を調べる時間がもったいないです(もったいなくない人はUrban Dictionaryで調べてみてください)。
◆チャンドラーにパンツを隠されたジョーイ。ロスはジョーイになぜ今夜パンツをはく必要があるか尋ねます。ジョーイはレンタルしたタキシードだからと言います。
Ross: Why do you have to wear underwear tonight?
Joey: It’s a rented tux, okay? I’m not gonna go commando in another man’s fatigue.
下着をつけずにズボンをはくことをgo commando、戦闘服のことをfatiguesというそうです。男たちが女性目当てに気合をいれて切るのがタキシードということで「戦闘服」扱いなのでしょう。一生聞くことがなさそうな表現です。
◆自分のパンツをチャンドラーに隠されたジョーイはチャンドラーの服を着こんで部屋に戻ってきます。そこでlungesという表現を使います。lungeの複数形です。
Joey: Look at me! I’m Chandler. Could I be wearing any more clothes? Maybe if I wasn’t going commando… I’ll tell you it’ hot with all this stuff on, ah… I better not do any, I don’t know, lunges.
下のビデオの動きをlungeと言います。
パンツをはかずに自分のズボンをはいている男がこんな動きをしたらズボンの持ち主は嫌でしょうね。
実は私は、フレンズの英語版DVD全10巻を持っていてシーズン7まで見ましたが、そこでプツンと切れて見るのをやめました。フレンズの何が嫌かと言うと下ネタの会話が多すぎてうんざりしたからです。特に、チャンドラーとモニカのHな会話が下劣すぎて不快でした。シットコムというのは下ネタ系の話が出てくるものなのですが、私にはフレンズの下ネタはあいませんでした。「ダーマ&グレッグ」、「スピンシティー」、「ビッグバンセオリー」の下ネタはオーケーなのに「フレンズ」はダメ。まああこれは、個人の好みなのでしょう。
結論
●英語学習をしている人全般的にシットコムを見て英語学習をすることは勧められません。
●特にTOEICや英検などの試験勉強をしている人はシットコムを使って英語学習をしないこと。
●映像翻訳家を目指している人はもちろんシットコムを使って英語学習をしてもよい。
●どうしてもシットコムを見て英語の勉強をしたいという人は古い時代のシットコムを見ることをお勧めします。昔のシットコムはあまりスラングが使われてないので今のシットコムよりもははるかに勉強になります。まずは『奥さまは魔女』です。