「ネイティブはマイネームイズとは言わない」のウソ
ネイティブは自己紹介でMy name isと言わないと知ったかぶりをする人が増えているようです。その人たちによれば、my name isは古臭い廃れた表現で、ネイティブには「拙者は~でござる」と言っているように聞こえるそうです。ヤンキースに入団したマー君が記者会見で
My name is Masahiro Tanaka. I’m very happy to be a Yankee!
と自己紹介したら、上から目線で批評する人が出てきました。
マー君の自己紹介はまったく問題ありません。 My name is…がネイティブには「拙者は~でござる」に聞こえるというのはただのデタラメです。 このウソ話を広めているがデイビット・セインという英会話教師です。
My name is…がネイティブには「拙者は~でござる」、「余の名前は~なり」と言っているように聞こえるというのはウソです。自己紹介する場合は、I’m Pukuro. と言うこともできますが、My name is Pukuro. と言っても、I’m…よりもちょっと堅苦しい程度のニュアンスがあるだけであって、フォーマルな場面では逆に堅苦しい表現の方が望ましい事もあります。例えば、教授のオフィスに初めて訪れて自己紹介するときは、I’m…よりも My name is Pukuro. I’m from Japan. と言う方が自然です。What’s your name? と尋ねられたら、My name is…で返すのも自然です。
デイビッド・セインのデタラメ話に引っかかった日本人は、英語で映画やテレビドラマを見たことがない人ばかりなのでしょう。Subzinという映画のセリフを集めたサイトがありますが、そこでMy name isを検索すると963のフレーズが検索されます。
デイビット・セインという人もよく平気でウソ話をできるなと思い、アマゾンの書評を見ましたがやはり評判が悪いようです。
アマゾン書評
アメリカ人の印象を悪くするばかりですが、もちろん大半のアメリカ人はまともです。だから「デイビット・セインは嫌いになってもアメリカ人のことは嫌いにならないでください!」
こういう「ネイティブは使わない」炎上商法に気をつける必要があります。このようなウソ話は論外ですが、アメリカではあまり使われない表現だとしても、即、日本人も使わない方がよいということにはなりません。3つの点に注意する必要があります。
国際語としての英語
日本人が習う英語は基本、アメリカ英語です。英語教材のスペルや発音はイギリス英語でもなく、オーストラリア英語でもなく、アメリカ英語が基準になっています。でも国際語としての英語も重視されているので、アメリカ合衆国に特有の単語や表現は実はあまり学校で習いません。例えば、アメリカではトイレのことをbathroomと言いますが、トイレといった絶対覚えておかないといけない必修語も、「bathroom=トイレ」は世界共通の英語ではないという理由で日本の受験英語ではあまり教えられません。英語ネイティブと言えば、アメリカ・イギリス・オーストラリアの3ヵ国をつい思い浮かべますが、3ヵ国の間でも英語の用法が異なることが多いし、英語が公用語の国の人を英語ネイティブとすると60カ国近くの英語も含まれることになります。ネイティブが使っていも他の英語国民も使っているとは限りません。また、アメリカ人の使う英語はインフォーマルでくだけた感じに聞こえることがあるので、アメリカ英語だけを基準に英語を使うと、アメリカ人以外には礼儀知らずで生意気な印象を与えることもあります。過剰にネイティブ英語を絶対視する必要はないし、それは逆に危険でもあります。
日本人の英語
アメリカよりも日本の方がはるかに敬語が発達しているので日本人が話す英語はどうしてもアメリカ人よりも固い感じになりますが、日本国内で英語を使う場合は日本での生活や慣習が前提となっているので、フォーマルな感じの英語の方がより自然と言えます。ある場面でMy name is…という表現がアメリカ人には堅苦しく聞こえたとしても、日本人が日本で英語を使う分には何も問題ありません。例えばジブリの英語版でもMy name is…という表現がよく出てきます。アメリカ人向けに作られたアニメではなく、日本のアニメを英訳したものだからそうなったのでしょう。
『となりのトトロ』での場面です。病院から電報が届き、サツキは父親が働いている大学に電話をします
Hello? Yes. Hello? I need to speak to my dad in the archaeological department. I mean, I need to speak to Mr. Kusakabe. My name is Satsuki Kusakabe.
もしもし。考古学教室ですか? 父を… あの、草壁をお願いします。私、草壁サツキです。はい。need to=~する必要がある; speak to=~と話す; archaeological department=考古学部; I mean…=ええと…
『もののけ姫』の場面です
My name is Ashitaka! I’ve traveled far from lands of the east. Are you ancient gods, and have I come at last to the realm of the Spirit of the Forest?
わが名はアシタカ。東の果てよりこの地へ来た。そなたたちはシシ神の森に住むときく古い神か?
travel far from A=Aから遠く離れて旅をする; ancient=古代の、太古からの; at last=ついに; realm=領域; spirit=精霊、神; forest=森
『借りぐらしのアリエッティ』の場面から
Anyway, my name is Shaun. What’s your name?
ぼく、翔って言うんだ。君の名前は?
英会話学校で習う英語
英語がうまくなりたいから英会話学校に通うのでしょうが、こういう「ネイティブには変に聞こえるよ」類の小話はとくに学ぶべき重要課題とは言えません。たとえ変に聞こえようが言わんとしていることは相手に通じているわけです。実際に英語を使う場面ではるかに困るのは、言わんとしていることを言えないこと、相手の話していることを聞き取れないことです。発音が悪ければ相手に通じません。語彙を知らなければ英語で表現できません。英会話学校の中で話される英語自体が作られた英語です。日本の英会話学校で外国人講師と少し会話ができるようになったと喜んでアメリカやイギリスに旅行に行って一番びっくりするのは、ネイティブの話す英語をまったく聞き取れないことです。知り合いの話ですが、シェーン英会話教室に3年通っていた高校生が母親とフロリダに旅行に行きますが、ホテルやディズニーワールドでまったく英語が聴き取れなかったことにショックを受けて、イギリス人の英語の先生に文句を言ったら、「そんなの当り前だよ。だってぼくらは日本人にわかるように英語を話しているから」と言われたそうです。英会話学校での不自然なほどゆっくりしゃべる英語は不自然なわけです。
英語はとにかく英文法・ボキャブラリー・発音の3つが大事です。英文法はまじめに学校で英語学習をしていればそれなりに力がつきます。一番手ごわいのは発音です。わざわざ高いお金を払って英語学校に行くのであれば、必ず発音指導のできる先生を見つけて、その先生に習ってください。「ネイティブは正確な発音ができるんだから、発音指導もできるだろう」なんて思っちゃだめですよ。ちゃんと発音法を習得している人でない限り、発音を教えることはできません。日本人だって日本語の発音の仕方を理屈で説明するのは大変でしょう。「さしすせそ」と「ざじずぜぞ」をローマ字表記にするとsa-shi-su-se-so, za-ji-zu-ze-zoになり、「し」と「じ」だけスペルが異なる理由を説明できますか。ほとんどの日本人は説明できません。
日本人が一番軽視しているのはボキャブラリーです。英文法は「できることでそれなりにできている」領域、発音は「できるのが難しいことで実際にできていない」領域、ボキャブラリーは「できることなのにできていない」領域です。1万語の語彙力をつけるとしたら2つの意味を覚えるとしても2万語分の英単語を覚えないといけなくなりますが、1日10語を「確実」に覚えても2万語覚えるのに5年半かかります。「My name is…と言ったらどういう誤解を生みだすか」なんてばからしいことをちんたら考えている暇があったらとにかく語彙力をつけてください。100%正確に使える英単語を3千語覚えるよりも、80%正確に使える英単語を1万語覚えた方が英語を使えるようになります。